1 『源氏物語』はいつ書かれたか

『源氏物語の謎』増淵勝一 著 - 国研ウェブ文庫

今年は『源氏物語』が書き上げられてから千年目だということで、「源氏物語千年紀」と称して、式部を記念するイベントが各地で催されています。
その根拠となっているのは、『紫式部日記』寛弘五年(1008年)条のいくつかの記事によります。
(1)十一月一日の敦成(あつなり)親王(のちの後一条天皇)の御五十(いか)日の祝いの席上、紫式部が当時の文壇の大御所の藤原公任(きんとう)から、「このわたりに若紫やさぶらふ(若紫さんはいらっしゃいませんか)」と、『源氏物語』のヒロインの名で呼ばれたこと。
(2)十一月十七日の中宮彰子(あきこ)の内裏還啓に先立って、内裏に持参する書物作りが行なわれた際、紫式部が私室に隠しておいた物語の本を中宮の父親の藤原道長が探して、次女の尚侍妍子(ないしのかみけんし)に与えてしまった。それはまだ十分に手入れをしていない本で、「心もとなき名」(気がかりな評判)をとったことであろうとある。この物語の本は『源氏物語』であったと考えられること。
(3)寛弘六年(1009年)条に、一条天皇が『源氏物語』を女房に読ませて聞いて、「紫式部は日本紀(『日本書紀』以下の国史)を読んでいるに違いない」と言ったので、紫式部に「日本紀の御局(みつぼね)」というニックネームがついたと記されていること。
(4)同じ六年六月条に、中宮彰子の前に『源氏物語』が置かれており、それを見た道長から、紫式部が「すき者と」の歌をよみかけられたこと。

以上の記事によって、ほぼ寛弘五年(1008年)中には、『源氏物語』は執筆され終っていたものと考えられています。

『源氏物語の謎』増淵勝一 著 目次

  1. 『源氏物語』はいつ書かれたか
  2. 『源氏物語』はどんな物語か
  3. 『源氏物語』の巻名はだれがつけたものか
  4. 『源氏物語』の時代設定はいつか

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